今週の山頭火句

今週の山頭火句 笠にとんぼをとまらせてあるく  山頭火

2013年2月26日火曜日

「3月10日は、山頭火の日」

 正確なものだけが美しく見えるといったのは、井上靖だったと思う。
水仙も椿も梅の花も、そして菜の花も決まったように咲いて、春が近づいてきた。

 水仙けさも一りんひらいた
 壺に水仙 私の春は十分
 笠へぽつとり椿だつ
 ぬくうてあるけば椿ぽたぽた 
 けさも一りん開いた梅のしづけさ
 捨てられた梅も咲いてゐる
  
  こんな山頭火の句を見つけました。

3月10日は、一草庵の仲間で作った「山頭火の日」です。

皆さんに集まっていただき、新しい山頭火を発見してもらいたいと考えています。


 ☆開催日時  平成25年3月10日(日)
             13:30~15:30

 ☆会  場    一草庵広場

 ☆イベント内容  ①山頭火ラブソディー
            ②山頭火の句は、インターナショナルだ!
            ③矢立てのお茶会も開催してます。


そんな時、松山市から『坂の上の雲』のまち 松山フィールドミュージアムマップの冊子が届いた。
一草庵のことも紹介されているので、ご覧いただいて、
是非、3月10日は一草庵にお越しください。



2013年2月19日火曜日

山頭火さんに会いに来てくれた版画家・田主誠さん

 2月10日に読売新聞松山支局の梅本さんが、「一草庵で続く俳句の旅」と題して取材記事を、
2月11日には、毎日新聞・関野松山支局長の一草庵を訪れての「支局長からの手紙~ひよいと四国へ」が、新聞に掲載された。
 そんなある日、K女史が「読売Life 四国版 3月号」を届けてくれた。彼女が取材された「出会いを求めて 山頭火の魅力をごゆるりと」が、カラー版で、ホットに紹介されていた。


また彼女は、ホットな版画家・田主誠さん(舞鶴出身・大坂の茨木在住)を連れてきてくれた。田主さんから「山頭火の風景」という本をいただく。                                                               


見ているだけで、こころがホットし、温かい気分にさそってくれる。いつのまにか、なんとも優しい雰囲気がたちのぼってくる。<宗教学者・山折哲雄氏の言葉>                                一草庵に来て、「山頭火さんにお会いでき、うれしゅうございました」と言われたのですが、私こそ、山頭火さんにお会いできたような気がしたのです。山頭火は、田主さんのような人ではなかったのかと強く思ったからです。                                     田主さんは、産経新聞 日ようスペシャルで「いい日本みつけた」を連載されています(版画とコメント)。2月11日現在で452号でした。                                                       「山頭火の風景」を明るく版画に掘られていました。山頭火の句と同じように、思わず淋しい心が温かくなりました。今、ひとりで、大坂の茨城に住んでいます。蒲団の前には、山頭火の句集と日記をおいているそうです。心の隙間を山頭火さんが埋めてくれる、そして山頭火さんの句は、いまも生活の中に明るく生きている、と語られました。

本の中より、田主さんの山頭火風景を一部紹介させていただきます。

 田主さんから、電話をいただいた。松山は素敵な処ですね。その思いを作品に残したいとのことでした。ふと三津浜の町を描いて欲しいなぁーと思ったりした。
(小林一茶も訪れて、「三津の渡し舟」にのり、夏目漱石も三津の港に降りて、坊つちゃん列車にのる。国木田独歩も訪れて三津の町の賑わいに驚いたという。 子規の俳句の先生は、三津の俳人大原其戒。お母さん八重さんの出里は、三津の加藤家。子規は三津の生けす料亭・溌々園には14回以上も訪れたという。秋山真之も一緒、坂の上の雲の人達の遊び場所だった三津は、今もレトロな町並が残る近代俳句発祥の地。)
 田主さんは、一草庵の山頭火風景として、裏山の御幸山を”素敵な山ですね”と何回もめでていました。電話で、”私は今日からあの山を、「山頭火山」と呼ぶことにしました”とのことでした。
 思わず、そうかと思いました。山頭火の魂は、あの山の中に今も生きている。そして山の上から、魂の暑い炎を吐いて、松山の人を見守ってくれているのだと…。
山頭火が毎日のようによ歩いた
一草庵の隣にある護国神社と御幸山



2013年2月1日金曜日

俳句一草庵<課外授業>

 俳句甲子園で活躍中の済美平成中等教育学校・俳句部の皆さんと、山頭火の俳句を観賞しました。名付けて「俳句一草庵・課外授業」です。

約束事にとらわれない自由な俳句を作っ放浪の俳人・山頭火の句が、混沌とした時代に生きる現代の心に響くという。
「濁れる水の流れつつ澄む」の句で綴られた山頭火のドラマを見て、
山頭火の句を学習しながら、自由なディベートをしてみようという授業です。

二つチームに別れました。それぞれのチームで、山頭火の句を勉強して、議論しました。  第一回戦は、                                 
 この道しかない春の雪ふる
 もりもりもりあがる雲へあゆむ

第二回戦は、
 捨てきれない荷物のおもさまえうしろ 
 まつすぐな道でさびしい                   

三好先生からは、私たちが作る俳句とは違いますが、勉強して、何かを吸収できれはと思っています、と挨拶がありました。

<少し印象に残った感想を!>
 この道しかない春の雪ふる
 ”春の雪ふる”、”ふる”とまでは言わないで
 ”この道しかない春の雪”でいいのでは、、それではリズムが崩れる。冬の雪でなく、”春の雪”の言葉がいい、心の温かさを感じるなど。

  もりもりもりあがる雲へあゆむ
五・七・五の句に、ある人が直してみた。
 もりもりと もりあがる雲 へとあゆむ
 やはり、山頭火の俳句のリズムが死んでしまう、ということになった。



授業の終りに、伊丹三樹彦さんのカセットテープを聞いてもらった。

まつすぐな道でさびしい  山頭火
この道は、何々国道、何々ハイウェイではないのです。
現実の道であると同時に、人生の道であるという象徴の道なのです。

俳句を鑑賞する場合、現実の道、現実を超えた道という二つの道を合わせて表現しなければ、すぐれた俳句にはならない。
俳句というものは、もっとも短い詩形ですから。
並べた言葉だけしか伝えることができないのであれば短歌や詩、小説に及ぶことは、とてもできません。
もっとも短い表現の俳句なるがゆえに、象徴的なる手法を考えざるえなかったのでしょう。
もっとも象徴的な手法も持った詩が俳句であり、象徴的な手法をもっているからこそ俳句はもっとも近代的で、もっとも現代的な詩であると言えるのです。

私は、こんな発言をしてしまった。
山頭火の俳句には、七音、七音の俳句が多い。
 この道しかない春の雪ふる
 濁れる水の流れつつ澄む
 あるけばかつこういそげばかつこう

短歌の最後の部分、七・七の結の部分のような句が、山頭火の句一つの特徴です。

啄木の句を想い出した。
  東海の小島の磯の白砂に
           われ泣きぬれて蟹とたはむる
  こずかたのお城の草に寝ころびて
          空に吸はれし十五の心

この歌の最初の五・七・五の部分が、もしなかったら、
読み手の解釈は、ひとそれぞれに想いを馳せて、
そこに広がる世界は、すこぶる大きな世界となりそうだ。

この間、松山・三津でHさんと話をする機会を得た。俳句を漢詩に訳された本をいただいた。
山頭火の句の漢詩もあった。
子規の俳句よりも、山頭火の句の方が、スケールが大きいと感じたそうです。
そういえば、山頭火の句には、場所を特定した句は、少ない。
山口・防府での”ふるさと”の句は多いが、すべて象徴して表現しているようだ。
          雨ふるふるさとははだしであるく

加藤楸邨の昭和十五年十月に創刊された「寒雷」の巻頭言に、
「俳句の中に人間の生きることを第一に重んずる。生活の真実を地盤としたところの俳句を求める。」とある。
 山や川や風や花が詠まれていても、それは、人間がその中に生きているものでなくてはなりません。だから作品は物になり事になった自分という人間に外ならないのです。
花を詠むというのは、花の中に自分という人間を発見することなのです、と俳句表現の方法を述べている。

一代句集「草木塔」の山頭火の言葉を思い出した。

「風景は風光とならなければならない。音が声となり、かたちがすがたとなり、にほいがかほりとなり、色が光となるやうに。」
 私の俳句性は、印象の象徴化、「個」をつうじて「全」を表現する。
 その言葉は、結晶なり、圧縮にあらずして単純なり。

 山頭火は、そんな俳句を純粋に作り続けた俳人のようだ。

愛媛新聞の高橋記者の記事「年代超え山頭火の魅力を探る」を紹介します。
済美平成の俳句部の皆さん、今年の「俳句甲子園」頑張ってくださいね。