今週の山頭火句

今週の山頭火句 笠にとんぼをとまらせてあるく  山頭火

2011年3月31日木曜日

「第4回春季大会・俳句一草庵」、俳句募集します。

日時:平成23年4月29日(金・祝) 13:00~16:00

場所:一草庵(松山市御幸1丁目)

句会内容
(1) 「山頭火俳句ポスト賞」発表
(2) 「俳句一草庵」開催
① 事前募集句より、当日選者・参加者が一緒になって選抜。
②俳句一草庵賞、一浴一杯賞・一草庵うどん賞、各賞を発表。
募集要項
事前に俳句募集。ハガキ一枚に一人2句まで(未発表作品)。
住所、氏名、年齢、電話。小中高生は学年を明記。
有季、定型、自由律のジャンルは問いません。
投句料は無料

投句締切日4月22日(金)




送付先:〒799-2651 松山市堀江町甲1615-3
NPO法人まつやま山頭火倶楽部 まで。

お問い合わせ
TEL 090-6882-0004 FAX 089-978-5959

2011年3月29日火曜日

 一草庵だより 第11号

第11号ができました。ぜひお読みください。

  <内 容>
  ・  第四回春季大会 「俳句一草庵」俳句募集
  ・  今月の山頭火の句 「この道しかない春の雪ふる」
  ・  山頭火を訪ねて  其中庵への一日旅行     
  ・  訪庵録より
  ・  山頭火の広場   一草庵、出逢いしひとたち  
                山頭火との出会い       
  ・  一草庵歳時記   
  ・  黒澤さち子さんの「遍路日記」  
  ・  案内人、徒然ばなし   足もと 


画像は、クリックすると拡大表示します。


2011年3月27日日曜日

『第4回山頭火俳句ポスト賞』が決定しました。

『第4回山頭火俳句ポスト賞』決定発表。
(投句期間 22年11月1日~23年2月28日)
受賞記念品

一草庵「山頭火俳句ポスト」に投句された151句(内、県外句は21句。新潟長岡市、富山高岡市、山口周防大島、埼玉、大阪、沖縄読谷村等、歩き遍路と書かれた投句あり)。
各選者の先生に優秀句を選んでいただきました。
4月29日「俳句一草庵」開催日に表彰式をおこないます。

山頭火俳句ポスト賞(冬季)
 三寒四温平和通一丁目   松山市 浅海好美

(評)観念的に割り切れても割り切れない俗界の泥沼、人間の片足はいつも捉われる。
素朴な目醒めは、心の豊かさをもつ。生活の営みを続けてこそ平和がある。(高橋選)

小西昭夫・選
【特選】 陽だまりの中に庵と葉ぼたんと 伊予市 松本公子

(評)温かい気持ちになる句だ。日だまりの中にある庵と葉ぼたんを並べて詠んだだけの
句のようだが、贅沢ではないが気持ちよく清潔な空間である。
改めて、幸せとは何かを考えさせてくれる句である。

【入選】 ゴキブリに好きになれぬと詫びにけり 北九州市小倉 平井酔夢 

(評)笑ってしまう。ゴキブリが嫌いだといってしまえば身も蓋もない。
もちろん、俳句にはならない。しかし、好きになれぬといえば俳句になる。
詫びれば尚更である。

白石司子・選
【特選】 考える容(かたち)に冬鴉        松山市 伊藤海子

(評)全体で十四音であるが、「考える/容(かたち)に/冬鴉」と三音節となっているため、
俳句として違和感はないと思う。「かたち」を「形」でなく「容」としたのが作者の
手柄で、寒さに、或いは何かに耐え、枯れ木にじっと止まっている様子が、
まるで考えるかたちとなってしまったかのような鴉の風貌を彷彿させる。
また、冬に見かける鳥の総称である「寒禽」でなく、黒い魂としての「鴉」の視覚
効果も抜群。
ただ、「冬鴉」は「寒鴉」としたほうが、「考える容」とより一層響き合ってくるのか
もしれない。

【入選】 碑に鉄鉢の二字冬ざるる    松山市  伊藤海子

(評)中七は、「鉄鉢の中へも霰」の二字であろうか。終焉の地・一草庵を訪れた作者
山頭火の生きざまの凝縮でもある碑の「鉄鉢」の二字に触発されて、
行乞の旅を思い。「冬ざるる」ものを感じたのである。そして「鉄鉢の二字」
同様、一草庵のまわりの風景も。作者の心象も、いよいよ寂漠たる冬へと
向かってゆくのである。      

高橋正治・選
【特選】  見上げれば柿と青空          松山市 河淵陽子

(評)悠久な流れの底の深さ、無限のしずけさに心を浄め、まずは足下の土とうなづく
地上一切、遂に一如の光りに納まる。

【入選】 素足が痛いもう寒の入り     松山市 竹原 清

(評)今日を生き、飯を食いものを考えて生命を自覚する。寒にしびれた時、
浄らかなささやきがある。寒いときは寒い、暑い時は暑いというがよい。


本郷和子・選
【特選】 陽だまりの猫となりたる遍路哉   北九州市小倉 平井酔夢


(評)遍路の途中、陽だまりの中でひと休みしているのだろう。ぽかぽかと陽に包まれ
て丸くなっているお遍路さんは猫のように、ではなく、そのまま本当に猫になってしま
うのだ。ひょっとして、お遍路さんは山頭火かも知れない。
なんという温かい優しい一句であろうか。


【入選】  まっすぐな木にまっすぐな冬の雨   松山市  伊藤海子

(評)おそらく、天に向かってまっすぐに突っ立つ大樹であろう。そこへ静かに、
まっすぐに雨が降っている。ただそれだけのことであるが、まっすぐという
リフレインが、いかにも直接的に心に入ってくる。
作者の心情もまっすぐであるにちがいない。

熊野伸二・選
【特選】 考える容(かたち)に冬鴉         松山市 伊藤海子
 
(評)木の枝などに停って、ちょっと首をかしげ、目をくりくりさせている鳥は、
何かを考えているように見える。人の生活圏に住む鳥はゴミを食い散らかしたり、
農産物を荒らしたりして嫌われ勝ちだが、紀州の熊野神社の神の使いの八咫烏
(やたがらす)もいるし、女性の髪のうつくしさを「烏の濡羽色」と例えられても
いる。よく鑑賞すれば愛らしさもある。

【入選】 熟柿落ち猫身構える昼の庵      松山市 柳垣利行

(評)小春日和の昼、猫がのんびり歩いている。そこへ熟柿がポタリと落ちた。
一瞬、野生の防衛本能を取り戻した猫は、きりっと緊張して身構えた。静から動
への一瞬の変化を見事に捉えた。猫が人に飼われて数千年。すっかりペットとな
っても、野性は失っていないのだ。

【一草庵若葉賞】
 ゆきだるまいつもま冬のヒーローだ  松山市 わたなべふくたろう(8歳)

(評)雪が降ると、子どもたちは、雪合戦や雪だるまづくりを楽しむ。庭や道ばたに
でんと座った雪だるまは、「どうだ」といわんばかり。「寒い」とか「車の運転が
不如意」とか嘆く大人とは異次元の子どもの世界がそこにある。

2011年3月17日木曜日

一草庵に春が来ました。

  平成21年の春、新装なった一草庵を記念してしだれ梅が植樹されました。その梅の小さかった幹も少し逞しくなり、今年もきれいな花をつけました。
平成21年4月記念植樹
「枝に花が梅のしづけさ」(昭和15年春の句)
    しばらくして、庭の向こうの梅の木もみごとな薄桃色一色になりました。こんな景色が大好きだった山頭火も、うららかな春の日差しを浴びながら、満開の梅の花の向こうに松山城を見たのでしょうか。山頭火は、昭和14年10月1日に松山へ来ました。そのとき「秋空指さしてお城が見えます」という句を詠みました。新しい生活への希望が滲んでいるようですね。
一草庵から咲き誇る梅と松山城を望む

2011年3月16日水曜日

一草庵の句碑です。

一草庵の庭には、山頭火を偲んで4基の句碑があります。

    鉄鉢の中へも霰(てっぱつのなかへもあられ) 山頭火
昭和7〈1932〉1月8日、福岡県遠賀郡芦屋町で托鉢(たくはつ)に出たときの句。 
『行乞記』に「今日はだいぶ寒かった。一作六日が小寒の入、寒くなければ嘘だが、雪と波しぶきとをまともにうけて歩くのは行脚らしすぎる。」と記し、この句がある。この日、6里(約24Km)を歩いた。
没後、初めて建てられた(山頭火にとって2番目の)句碑で、山頭火の鬚(あごひげ)が納められている。         昭和16年3月21日建立


     春風の鉢の子一つ(はるかぜのはちのこひとつ) 山頭火
昭和8(1933)年3月19日、山口市小郡町での句。『其中日記』に、句友3人が来庵、「其中庵稀有の饗宴がはじまった。よい気持で草原に寝転んで話した、雲のない青空、そして芽ぐつつある枯草。道に遊ぶ者の親しさを見よ。夕方、それぞれに別れた、私は元の一人となった、さみしかった。」と記し、この句がある。「鉢の子」は、托鉢僧が使う容器。
厳しい冬は「鉄鉢」(てっぱつ)暖かい春は「鉢の子」と詠み方を変えている。        
 昭和48年3月21日建立
                                      
 
濁れる水のなかれつゝ澄む(にごれるみずのながれつつすむ)  山頭火
死の1か月前、『山頭火句帳』の昭和15(1940)年9月8日の項に、「濁れる水のながるるままに澄んでゆく」の句とともに記されている。
この庵の前を流れる大川を詠んだ句であるが、自らの人生を観じた句でもある。20年近い流転孤独の生活の悩みと寂しさに、濁れる水のように心を曇らせながらもなお、逞しく自己をむち打ち続け、そこから自己の魂を取り戻そうと努めた山頭火の境涯が重なる。                                                                 
平成2年10月10日建立

     一洵君に
おちついて死ねさうな草枯るる(おちついてしねそうなくさかるる)山頭火
 昭和14(1939)年12月15日、高橋一洵が奔走して見つけたこの草庵に入った山頭火は、日記に「私には分に過ぎたる栖家である」と記し、その苦労に感謝し一洵にこの句を呈した。「死ぬことは生まれることよりもむつかしいと、老来しみじみ感じ」た山頭火が、一草庵を終の住処とした境地である。
翌年3月には、改めて「おちついて死ねさうな草萌ゆる」と詠んでいる。      
平成6年10月10日建立

2011年3月10日木曜日

今日は、3月10日「山頭火の日」。

語呂あわせで、3月10日を「山頭火の日」として、一草庵で山頭火さんを偲びました。
山頭火は敬慕していた井上井月のお墓を訪ねる旅を二度しています。
その井月の命日は、明治20年3月10日(旧暦2月16日)。
ということで、「信濃路の山頭火と井月」について勉強しました。
名古屋の大塚さんの作られたDVD「乞食俳人・井月 を訪ねて」を観賞。
品のいいおばあさんが出てきて、
井月の句「心して蝶たちまはる牡丹かな」 いいねぇーと心酔していた姿が印象的でした。

当日は、俳人であり書家の梅岡ちとせ先生が、山頭火の句を色紙に書いてもってきてくださいました。
今月から、一草庵広場に<今月の山頭火の句>が紹介できます。
「謦咳に接した大山澄太先生のお話を縁側で聞きました、仏壇あたりは昔と変わっていません」等
懐かしいお話をしていただきました。

        <3月の山頭火の句>
        この道しかない春の雪ふる 山頭火  
                           (昭和9年3月14日の其中庵での句)
山頭火の句(梅岡ちとせ書)
            3月14日、其中庵日記より
          曇、白い小さなものがちらちらする。(以下略)・・・
          しづかに読書していると、若い女の足音がちかづいてきた、女人禁制ではな
          いが、珍しいなと思っていると、彼女はF屋のふうちゃんだつた、近所まで掛取
          りにきたので、ちよつと寄って見たのだといふ、到来の紅茶を御馳走した、
          紅茶はよかつたろう!
          夕方、約の如く敬治君が一升さげて来てくれた、まもなく樹明君が牛肉をさげ
          て来た、久しぶり三人で飲む、そして例の如くとろとろになり、町に出かけて
          どろどろになって戻った。